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ふきげんななめ

ぶちまけてるだけ

太ももを切った

いわゆる自傷行為の話。

高校生くらいのときから切りたくなる衝動はあった。でも世間体とか、親が悲しむ顔を想像してやめた。その結果内臓がだめになった。

 

大学生になってピアスをたくさん開けた。耳たぶに5つと軟骨に1つ。痛かった。本当はそんなに開けなくても良かったけど、たくさん穴が開いてると強くなった気がした。着る服もパンクロック系にしたら更に強くなれた気がした。今思うとイタい。しかし大学で友達が全く出来なかった私はそういうもので身を固めないとやっていけなかった。「1人でも大丈夫」な強い人間になりたかった。

 

社会人になって耳たぶの穴はふさいだ。勿体無いから軟骨の穴だけは残した。

若い人がほとんどいない職場だった。10年ぶりに新卒を採ったと聞いた。同期とは気が合わず、お局たちから煙たがられた。かろうじてブラックではないけども、ぎすぎすした所だった。働いてる間に何人もの人が辞めた。私よりずっと前にいた部長も、私より後に入ってきた中年男性も、同期も、私を執拗に嫌っていた女性もどんどん辞めていった。

 

結局、私はその職場に5年半いた。仕事は昨日辞めた。1年前にパニック障害の発作で倒れて以来、通勤電車が怖くなっていた。会社にいるのがストレスだった。5年いても私は先輩の使いっぱしりで、会社全体の便利屋だった。小さな会社なので直属の後輩はこの先も入る気配がなかった。ただただ辛かった。

精神科にも通っているが、病状はあまりよくならない。何回か発作で過呼吸になった。薬を増やした。外出先で目の前が真っ白になり、ひどい動悸と嘔吐感で倒れたのは2回。もうだめだと思った。

3ヶ月休職して、そのまま辞めた。昨日付で退職した。慇懃だった先輩が妙に優しくなっていた。社長はお守りをくれ、深く頭を下げてくれた。定時間際に挨拶に行ったので、諸事片付けてからフロアに出たらほとんど社員は残っていなかった。残っていた社員のところを回ったが、私がいてもいなくてもどうでもよさそうだった。

 

辞めたら楽になれると思っていたが、そうでもなかった。お金が足りない。すぐに働ける状態ではないので雇用保険が貰えない。傷病手当金の申請はぎりぎりで間に合ったが、少額しか貰えないだろう。家賃等差し引いたらぎりぎりだ。医療費もかかる。年金と保険料と税金を納めないといけない。奨学金の返済は一時猶予をお願いした。

 

そのタイミングで、数年仲良くしていた友人からツイッターでブロックされた。私も彼女もいくつかアカウントを持っていたが、鍵のついていないアカウント以外は全てブロックされた。何で全部ブロックしないんだ?と後々不思議に思ったが、彼女が好きなゲーム作品のライブチケットを私の名義で当てていたのを思い出した。発券はまだ先である。合点がいった。

 

たまたま彼女と会う約束をしていたので、思い切って彼女に聞いてみた。LINEやツイッター上で聞いてもよかったが、こういうのは面と向かって話さないと相手の顔色がわからない。言葉の意味を湾曲してとられても困る。

「私、何かしちゃいましたか?」

聞いたら、彼女は曖昧に笑うだけだった。すみませんと、謝られた。ブロックされた理由はわからなかった。

「あの、後学のためにというか……もし不快な思いをされたなら、どういった点か教えて頂けますか?」

思い切って私は更に聞いた。彼女はやっぱり苦笑して、すみませんすみませんと繰り返す。

ツイッターをどう使うかは自由ですから。話したいように話してください。◯◯さん(私)のように愚痴を吐くことですっきりする人もいるし、××さん(共通の友人)のように全く愚痴を言わない方もいるじゃないですか」

質問と答えがちぐはくだった。ただ、私がツイッター上で愚痴を吐いたことを遠回しに嫌だと言われたことだけはわかった。前に「辛かったら吐いていいんですよ」と、彼女は言ってくれた。吐いたら、ブロックされた。

「いや、わたし実家暮らしで、課金しまくりだから」

ふと、彼女が言った。それが理由だった。その数日前に私は鍵アカウントで「親の金で暮らして遊んで生きているくせに家族への文句が多い。きっとかつての私もこんな風に見えていたんだろうな」と、とあるフォロワーについて愚痴を吐いていた。しかしそれは彼女のことを指したのではない。それに、私は大っぴらにその愚痴を吐かなかった。こっそり愚痴を吐けるように、掃き溜めならぬ吐きアカウントを作っており、そのアカウント宛へツイートしていた。私のホームを見なければ目につかない愚痴である。それでも、見ようと思えば見られる愚痴だ。私は多分、誰かにそれを見て欲しかった。本当に隠したい話なら、誰もいない掃き溜めアカウントで独り言をつぶやけばいいからだ。

彼女と話してる間は頭が真っ白になり、私も平謝りしていただけだった。彼女の何気ない一言に理由が潜んでいたと気付いたのは、帰宅して眠り、翌日湯船でぼんやり思案しているときだった。だから私は彼女に弁解も出来なかった。あなたのことを言ったんじゃないよ、と伝えたかった。が、私がそういう人に嫌悪感を抱いているのは事実なのだ。今回彼女のことを指したのでなかったにしろ、彼女は「実家暮らし」で

課金という「遊び」をしている。家族への不満もよく口にしている。

ツイッターだけが付き合いじゃないので、これからも仲良くしてください」

と言われて、私は笑い、頷いた。しかしそれはもう無理だと思った。

ついカッとなってブロックしちゃったんですけど、◯◯さん気にしぃだから……」

と、何気ない彼女の発言を反芻する。確実に、彼女は私に対してカッとした。私がつぶやいた話に立腹した。もう愚痴は言えない。彼女の前では自分が感じたことを吐けない。

唯一彼女と繋がっていたアカウントから、私は彼女をブロックした。そして鍵をかけた。彼女の言葉を借りるなら「ツイッターだけが付き合いじゃない」ので、これでも会おうと思えば会える。多分、もうないだろうけれど。チケットだけはきちんと渡す。それできっと、おしまいだろう。

 

愚痴を吐いても許される人と、そうでない人は何が違うのだろうか。私は間違いなく後者だ。実は、こういうことは何度かあった。3年程前にも同じようなことで当時遊んでいた面子との繋がりを絶った。こう何度も起こるくらいなのだから、私が悪いのだろう。でも、私以外にも愚痴を吐いている人はいるのに。彼女たちが許されて、私が許されないのは何故だろう。はなにつくのか。不幸自慢のしすぎか。人望のなさ、才能のなさ。そういった、悲観的な性格をしているからだろうか。

 

彼女と私の共通の友人に、自傷行為をしていたと思われる子がいる。両手首に無数の傷跡があった。彼女は、その友人のことをかわいいかわいいといって好いている。確かに、華奢で天然でふわふわした洋服がよく似合う、かわいらしい子なのだ。見た目も大事なのだと思う。私は中身もさることながら容姿もなかなかのブスだ。

そうだ、切ろう。

と、私は思った。頭の中にはその子の姿があった。傷があって、危うげで可哀想でかわいい子。仲間内からかわいがられているあの子。あの子が仕事や家族の愚痴を吐いても誰も責めない。誰もが気遣いのリプライを送る。

風呂からあがって、私は体を切った。手首はやめた。なるべく見えないところにしようと、左側の内太ももにした。筆箱に入っていたカッターを折って、新しい刃にした。衝動的ではなく、計画的で妙に冷静だった。消毒液で皮膚とカッターを拭い、スッと何本か線を入れる。痛みはあったが、思ったほどではない。というか、ズタズタに切り裂く勇気がなかったので、痛いわけがない。本当に切れてんのか?と目を凝らしてみたら、数秒後に血が滲んだ。なんだか呆気なかった。また消毒液で傷口を拭い、しばらくティッシュで抑えていたらあっという間に血は止まった。気持ちは少し晴れたが、物足りなさが残った。

 

翌日、コンビニで新しいカッターを買った。100円ショップのものより、きちんとしたカッターを使った方がよく切れると思ったからだ。帰宅して、さっそく太ももを切る。昨日よりも付け根に近い部分を切った。短パンを履いてもバレないくらいの位置に、何本か傷をつけた。痛かった。さすが良いカッターは違う。昨日よりも躊躇いがない分、私も力を入れたのだと思う。傷口から血が滲み、玉の雫になった。慌ててティッシュで抑えて、消毒した。大きめの絆創膏を貼って、眠った。太ももはずっと、ジンジンしていた。傷口が痛いのだと思い込んでいたが、実際は絆創膏でかぶれた部分が腫れていただけだった。傷は簡単に塞がった。かぶれた所を掻き壊して皮膚から血が滲む。そっちの方がよっぽど痛くて笑った。

 

そのまた翌日、実家に行った。たまたま姉と2人きりになったので私は自傷行為をしたと話して太ももを見せた。そうしたら泣かれた。私があれだけピアスを開けても何も言わなかったし、姉だって軟骨やらヘソやらにピアスを開けている。それと何が変わらないのだろう。申し訳ない気持ちと、興醒めしたような感覚が混ぜこぜになる。

「どうしてそんなことをしたの?」

と姉に問われ、どうしてだろうと思った。かわいがってほしかったし、心配してほしかった。自分を痛めつければ、どこかの誰かを不快にさせた贖罪になるのではないかとも思った。でもそんなのは全部後付けの理由かもしれない。私は「狂っている自分」を演出したいだけなのかもしれない。

私は狂っているから、近づくな。離れるくらいなら、最初から近づくな。

そういう思いは確かにある。まぁ、それならばもっと目立つ位置を切ればいいのだろうけど。中途半端に心理学をかじったせいでイマイチ素直にメンヘラになることも出来ない。だって、手首を切るなんてあからさますぎじゃないか。そんなことを考える時点で私は別に病んでなんかないと思う。

ピアスを開けたのも「強い自分」を演出したかっただけだし、私が自分の体を傷付ける理由は、ただの演出なんだ、多分。「自傷行為  理由」とか「自傷行為  心理」で検索したページを見てみても、なんとなく共感できないというか、そう言われてみればそうかも?みたいな、無理矢理自分を納得させるような理由がずらずら書いてある。本当に何で切ったんだ、私。

 

「もうしないで」と姉に言われたが、するかどうかは私自身もよくわからない。ただ、私が私という存在をもっと大きく強く見せたいと思ったら、また切ってしまうかもしれない。痛いのは嫌いだし、別に快感でもないのだが。

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「田舎の女」なら「みっともない」なんてことはないのか

どうも。東京生まれ・東京育ちの私です。

「東京コンプレックス」を抱えている私も、東急さんの車内ポスターの件で「うぅん?」と首を捻った一人です。

こちらの記事がとても共感できました。

若い女はいつまで「みっともない」と脅される立場でいなきゃいけないだろうのか(車内化粧について思うこと) - 限りなく透明に近いふつう

私も化粧してる人に対して不快感を抱いたことはないです。まぁ、服や持ち物汚されたりするのは勘弁なのでその点は注意してほしいな〜と思うくらい。

というのも、通勤電車の女性専用車両で死んだ目をしている人や、眉間に皺を寄せながら眠っている人を毎朝見ていたからです。

うんうん。疲れてるよね。一秒でも長く寝ていたいよね。化粧してくる時間なかったのかな。私が福士蒼汰くんじゃなくてよかったね。

と、目の前でまつげを上げるお姉さんからそれとなく視線を逸らして思っていたものです。

ワンカップと柿ピー持ったまま乗り込んでくる酒臭い人(京浜東北線によくいる)や、明らかに蕎麦食ってきたなってわかるほど口臭がネギ100%の人(京浜東北線によくいる)、子どもに靴を履かせたまま座席に上げる保護者(京浜東北線)大股おっぴろげで座ってる人(京浜)なんかの方がよっぽど「みっともない」と感じるんですよね。

あと「みっともない」という主観でマナーの注意喚起するのって、やっぱりあやふやですよね。というか、脅迫めいたものを感じて少し恐いなって思います。笑顔で御されている、というか。

「いつもきれいにご利用下さりありがとうございます」というトイレに貼ってあるアレ並に謎。

 

「都会の人」という表現

さて、だいぶ脱線しましたが「みっともない」という表現以外に私が違和感を抱いたコピーについて。

「都会の人はみんなキレイだ」の一文。

あれ、吐き気がするくらい嫌いな書き方です。なぜこういうときに矢面に立たされるのは「都会の人」ひいては「東京の人」なのだろう。

端的に表現するのに最適だったのだと思いますが、揚げ足をとると「じゃあ田舎の人なら車内で化粧してもいいのね?」って。田舎の人はみんなキレイじゃないんかい!?都会にいりゃみんなキレイになるけど同時にみっともなくなるんかい!?

 

冒頭にも書きましたが、私は東京生まれ・東京育ちなので故郷が「東京」です。

東京ってね、つまらないんですよ。地方あるあるとか、この言葉を方言にすると〜とか、そういう話題に全くついていけなくて寂しいんですよ。それでも生まれ育ったからには愛着がありますし、東京のわるいところもいいところも知っています。

東京に住んでたって毎日パーリーナイしてないし、銀座のこじゃれたお店でランチしてるわけでもない。未だに渋谷で迷子になる。少し足を伸ばせば畑があるし、タヌキもでっかい虫も出ます。いわゆる「地方」にお住まいの皆様とそこまで大差ないと思うんです。

って話をすると「東京の人が言う田舎と本物の田舎は違うから」って絶対鼻で笑われるんですけど。そんで「東京モンは冷たい」とか「東京はひどい街だ」とか平気で吐くんですよね。そりゃ冷たい人もいるけど、人情味溢れる人だっていますよ。

誰しも自分の故郷を馬鹿にされたり貶されたりしたら嫌じゃないですか。なのに何故、そんなことが言えるのだろう。どうしていつも悪いのは、悪い人間がいるのは「都会」で「東京」なのだろう。いうても生粋の東京人より、地方から都会へ出てきた人とか、他県に住んでて通勤・通学、遊びに来てる人の方が多いと思うんですけどね東京にいる人って。

帰る故郷がある人はいいですよ。どんなに都会や東京が悪く言われたって「でも私の出身地は◯◯だから」って胸を張れるので。私たちにはそれが出来ない。

 

というわけで、私があのポスターを見て「しゃらくせぇ!!」と思ったのは「みっともない」という主観、「女性はこうあるべき」と暗に示している薄気味悪さ、「都会の人」という都会人限定で馬鹿にした表現の三点です。

 じゃあなんと書けばばよかったのか?

どうせならもっと大規模にぼかして「この国の人」でよかったんじゃないですかね。

そうすると私みたいな人間が「外国人観光客は電車で化粧しててもいいんかい!?」って言ってくる可能性がなきにしもあらずですが、少なくとも「都会の人」より視野は広くなったと思います。

区切る上での単語をあえて避けるにしても、一定層に不快感を与えるのは如何なものかと。だったらもう国民みんなキレイでみっともなくなろうぜ!北から南までみんなキレイ!でもみっともない!!

人、女性、働く人、東急を利用する人、電車に乗る人、この街の人、東京の人、都会の人、日本の人……どう書くのがベストでしょうか。「この人」って書くと名指しになるし、「この世界の人」って言われるとワールドワイドすぎていまいち心に響いてこなかったり。もう面倒臭い。

「お前の顔面作られていく過程なんぞ見たくないんじゃい!!」

って書くのが一番ストレートかつ効くんじゃない?みっともないとか都会の人とかキレイだとか言ってるから、マナー啓発よりも炎上が先を行ってしまったのでは?奥ゆかしさ?恥?気付き?大声で言うことじゃない?

ならポスターにするんじゃないよ!!!!

これこれこういう理由で迷惑だから止めてくださいって書かないと注意喚起の意味が薄れてきませんかね。あのポスターが言いたいのは人前で平気で化粧するなんて恥ずかしい。親の顔が見てみたい、ってことでしょう。そう書けばいいじゃないですか。粉が飛んだり臭いがして客同士のトラブルに繋がります、って書かないとわからないですよ。ぼかすならぼかす、本当に注意して欲しいならはっきり書いてくれないと。あやふやで不快感だけが残る広告になっちゃったじゃないですか。なんというか…気の使うところを間違えてるんじゃないでしょうか。私が「都会」に過剰反応してるだけなのか。

そもそも、あぁいうポスターを見て心を痛めるのはハナから車内で化粧なんてしない人では?する人はアレを見てもなんとも思わないし意味すら理解出来ないんじゃないですか。大人だから察して欲しいし空気読んで欲しいけど、それが出来ない人、いますよね。もっとドスレートに書いてください。「どうして怒られてるのか、わかるよね?」って叱り方は万人向けじゃないよなぁ。

それにあるでしょもっと、ほら……閉まりかけたドアに傘突っ込むなとか、ドア付近のお客様は一度降りて道を開けて下さいとか、週刊誌やスポーツ新聞のエロページを大っぴらに読むんじゃねぇとか……車内マナーの優先事項、あると思うんですけど。

 

東京コンプレックスに至った原因とか恨みつらみ書いてやろうと思ったんですが、趣旨が変わるし長くなるのでまたの機会に。

人が一人死ぬことの備忘録

初っ端からこんな話題もどうなんだと思うのですが、祖父が亡くなりました。通夜は今夜だというのに、未だにその事実が受け止めきれず、自宅のベッドから動き出すことが出来ません。
医者からヤバイと言われた過去三回とも奇跡の生還を果たしたので、まさか今回に限って、こんな呆気なく死ぬとは。
死因は肺炎をこじらせたということになってるみたいですが、まぁほとんど老衰だと思います。家族が駆けつけるのを待たずに、眠るように死んだとのこと。私も病院に向かう電車の中で、亡くなった報せを受けました。

目と足が不自由な人でした。
鼻先が擦れるくらいの距離にいても、私の顔が認識できない(そのくせ「おまえ美人になったなぁ」とか言い出すボケっぷり)。
目を離すと杖をついてふらふら外に出てしまうので、祖母はもう放っておいていたようですが、私はわりと気が気じゃなかった。遊びに行く道中で、知らない家の玄関前に座り込んでる祖父を見つけ、びっくりすることも何度かありました。祖父いわく「疲れたから休憩」らしい。「おじいちゃんこんなところでなにやってんの!?」と声をかけると「誰だ?」と返ってくる。いや、人様のうちの前に勝手に座り込んでるあんたが誰だよ。

若い時は煙草を酸素のように吸っていて、肉の脂身と甘いものと味の濃いもの、コーンスープやコンソメスープが大好きで、野菜なんか全然食べない超不健康優良児だった祖父も、次の二月で齢90を迎えるはずでした。祖父を見ていると、健康法なんて無意味なんだろうなぁとしみじみ思いました。
しかし、そんな祖父もここ一年は入退院を繰り返していました。胸が苦しい、膝が痛い、食欲がないと言って、どんどん痩せ細っていく様は、見ているのもしんどかったです(実際、仕事やら趣味やらが忙しいと理由つけてあんまり会いに行かなかったのですが)。
だから、亡くなったと聞いたときは、当然物凄く悲しかったのだけれども「あーやっと楽になれたのかなぁ」と思ったりもしました。
でもそれって、遺族の自分勝手な解釈なのかな。
祖父は最後まで「○○が食べたい」「○○に行きたい」と、欲望を丸出しにしていたらしいですから、きっと悔しかったことでしょう。もっと長生きして、おいしいもの食べたかったに違いない。もっといろんなところに行ってみたかっただろう。それを「楽になれた」の一言で済ませてしまうのは、やっぱり勝手だなと。
おじいちゃん、何一つ叶えてあげられなくてごめんなさい。

近しい身内を亡くしたのは、これが初めてでした。
今までで一番近い故人と言えば、曽祖母とか、祖父の兄とか、祖父の姉の旦那とか。身内以外だと、高校の頃の国語の先生。
あまりにも小さい頃の記憶は定かではありませんが、近年亡くした先生のお通夜のときなんかは、わんわん泣いたし、すごく悲しかった。だけど、いずれも何処か他人ごとだったと思います。
祖父の遺体を目の前にしてまず思ったのが「空っぽだ」ということ。眠っているようで、まつげも唇も鼻の穴も、動き出しそうなのに。手を握ると、まだ暖かいのに。中身がすかすかなんですね。私が話しかけたり、触ったりしても、なんにも返ってこない。中身がないから、反発・反応がない。その「中身」が、血なのか内臓なのか、意識なのか魂なのかはよくわかりませんが。
あぁ、もうとっくに飛んでる。この身体にいくら呼び掛けても無駄だ。
悟った瞬間、私は手で顔を覆って泣きました。どれだけここで後悔したって、謝ったって、私の声は届かない。

それからびっくりしたのが、大人たちがやたらと機敏に動いていたこと。
祖母も、父母も、叔父夫妻も、誰も泣いてません。葬儀屋に電話したり、病室の荷物をまとめたり、先生に頭を下げたり、帰って私たちが食べるお弁当を買い出しに行ったり。
嘘でしょ?なんで誰も泣いてないの?悲しくないの?お弁当なんて食べる気になれないんだけど?
私は霊安室で唖然としました。
だけども、ばたばたしながら祖父を家まで連れ帰って、御線香を焚き、手を合わせ一息ついたところで、急激にお腹が空いていることに気がつきました。午後10時を回っていました。夕飯も食べずに駆け回り、号泣していたら、そりゃカロリー消費しますよね。
大人たちはわかっていたのだと思います。こういうときに何が一番大事か。それは食べること。体力を養って、倒れないよう心掛けること(私は、翌日から熱を出して寝込みました)。
一番近い身内の自分たちが、これから目が回るくらい忙しくなること。泣いて悲しむ暇がないこと。とにかくいろんな準備を終わらせなくてはならないこと。
留学中の姉に電話すると、ズビズビ泣きながら「みんな何であんな平然としてるの!?信じられない!!」と怒り心頭。うん、わかる。わかるけどね。
でもね、おじいちゃんに供えるご飯をお茶碗に盛っているとき、おばあちゃん泣いてたんだ。食が細くなって、白米なんてやっと一口しか食べなかった祖父の茶碗に、山盛りお米をよそって「半年分だわ」って憎まれ口叩きながら、鼻を啜っていたよ。悲しくないわけないんだ。

祖父との思い出。
お祭りで買ってきたべっこう飴を「コーヒーにつけると美味い」と言い出し、べちゃべちゃコーヒーに浸しながら2人で食べたこと。すごくお行儀が悪いが確かに美味かった。ちなみにコーヒーに入った砂糖は山盛り4杯。私の甘党は祖父の遺伝だと思う。
庭先に傷付いた雀がいたので、おじいちゃんと手を繋ぎながら鳥籠を買いに行ったこと。保護したけど雀が羽で水やら餌やらをひっくり返し、猛烈に反発されたので結局すぐに逃がした。なんのために買いに行ったのか。
階段を駆け上がっていったら怒鳴られてすごく怒られたこと。そんなにドタバタしていた気はしなかったのだが、何故だかあのときだけやたら怒られた。後にも先にもあんなに怒られたのはあれだけだったような。
おじいちゃんの額にあったイボを押すと「ビー!」っとロボットみたいな声を出して驚かされたこと。最初心臓止まるかと思ったけど、その後ツボにハマって爆笑。おじいちゃんのイボ押しブームが到来。
酔った父が私を怒鳴りつけているところに、静かに仲裁に入ってくれたこと。そのまま家出をして、しばらく置いてほしいと伝えると「いつまでもいなさい」と、ニコニコしながら言ってくれたこと。

亡くなる数日前に遊びに行ったとき、短い時間でしたが、祖父と二人きりで話しが出来たのは幸運だったと思います。
私は父と仲違いして家を出た(ここらへんの話はいつか書けたらいいなと思います)ので、気掛かりだったのでしょうか。「最近、お父さんとはちゃんと話してるか?」と聞かれました。うん、大丈夫。ちゃんと会いに行ってるよ。そう言うと、目を細めて頷いていました。
昨晩は具合が悪く、祖母に添い寝してもらったという話のときには「おばあちゃんにはすごく感謝してるけど、じいちゃん口が悪いからなかなか言えねぇんだ」と、照れ笑い。「そのまま伝えてあげたらいいのに」私が言うと、祖父はにやにやと笑うだけでした。
帰り際、また来るねと手を握ると「またね。また来なさい。きっとだよ」と、やけに念を押されました。今思えば、祖父はなんとなく自分の寿命を察していたのかもしれません。振り返ると、私が帰っていく方角を、見えない目でなんとなく追っている祖父の姿がありました。あれが、最後に見た、動いている祖父でした。

次の日にでも遊びに行けばよかった。お菓子を持って、枕元で話し掛けて、手を握ればよかった。
今年はボーナスが出たから、おいしいもの食べに行こう。おじいちゃんが食べたいもの何でもご馳走するよ。だから早く元気になってね。おじいちゃん、死なないでよ。おじいちゃん、行かないで。
おじいちゃん、ありがとう。おじいちゃん、かわいがってくれて本当にありがとう。おじいちゃん、大好きだよ。